第十一回心霊廃墟OFF 夏の思い出 最終話

S鉱山との和解が済み、
入り口にさしかかるとパシャリと音がした。
その音がした場所を見ると、
ハーレーダビッドソンの隣で
カメラを手に一人の男が佇んでいた。
もちろん、我々は見逃さない。
そのカメラのファインダーが廃墟へ向いていたことを。
こいつもアングラよな。オレがそう思ったと同時に
鬼太郎なのか、アーチストなのか誰からとも無く
「こんにちは」と声が発せられた。
その言葉は日常生活に置いては、ただの挨拶であるが
廃墟を目前に発すると、その言葉の意味に深みがでるものである。
それは「よぉ、てめぇもアングラかい?」であり、
「今から逝っちまうのかい?」でもある。
ハーレーもアングラーであったのか、
人懐っこい笑顔をみせ、
「こんにちは」≒「当然じゃねぇか。」と声を返したのである。
我々は名乗らない。彼も名乗らない。
だから、彼の名は知らない。
しかし、我々が行く先は一緒である。
同行を申し出た彼を快く迎え、我々は鉱山へと続く橋を渡ったのだ。
新潟からやってきたハーレーは、
この日本一周ツアー後、世界一周を目指している。
このツアーの中でS鉱山をチョイスするという
まことにアングラな男でもあり、
大阪でのオススメポイントは?と聞かれた俺は、
躊躇すること無くあいりん地区を紹介した。
ハーレーはやはりアングラであった。
腹をすかせた狼がごとく、その話に食いついてくる。
今頃、日本にスラムがあったことに
驚愕してくれていることであろう。
ただ、少し残念なこともある。
今日、ここにJCがいないことである。
すこし過去を思い出そう。
そう、あれは加古川の武家屋敷での出来事である。
そこはまさにdqnの魔窟と化した場所であった。
そこで小便を垂らしたいが、暗いから怖いというへたれDQNに
「オレ同行するっす。ちょうど小便したいし。」
と頼れる友人を演出し、笑顔で連れションを申し出たJCは
dqnがファスナーをおろした瞬間、
「やっぱ出ねぇわ。」とライトを持ったまま置き去りしたのである。
そして、したり顔でこれオーブだぜと
写真を見て興奮するDQNに
「オーヴですか!!これ!!?
すごいっす。じゃあこれもオーヴっすね。
オーヴ、オーヴwwww」
と賛同に見せかけた蔑視を投げかけるアングラことJC。
最後のwwwwに気付いていたのは我々だけである。
そんな彼のアングラ変態性を
この新しい出会いの場で存分に発揮頂きたかったのだ。
まことに残念である。
さて、話を進めよう。
過去、雪でまみれたあの廃墟は
季節を変え、様相をすっかり変えていた。
草や木々に覆われ、遮断されたルートは
数知れず、穴を覗き込めば、コウモリの大群。
そして、蔦に覆われた廃墟群。
陰茎が、、アームストロング砲が立ってきますwww

うっひょぉおおおおwww
なんぞこれ、なんぞこれwww
窓から挿し込む緑色w光のどけき夏の日のwwww
静心なく花は散るらむwwwww
うっひょぉおおおおwwwやべぇえええwww
浮かれ狂い、蔦トンネルをくぐりサイロを目指す俺たちwwww
夏さいこーっすwww
そして、前回は降りなかった石灰の破砕所に侵入したのだが、
うっひょぉおおおおwwwやべぇえええwww
真っ白wwww真っ白wqwwwww

「なんか、イタイっすわ。」
アーチストが笑顔のまま、ズボンをめくりあげると、
そこには吸血性の軟体動物ヒルさんが、お食事中であった。
しかし、そこは山に育った男アーチスト。
平然とタバコで落とす姿はどこか山男のようであったわけで、
そんな血まみれのヒルが落ちる姿を見て、
俺たちは彼の心配をするよりも
やべぇ。俺にもついてんじゃね?
と自身の皮膚観察に必死だったわけで。。。。
でも、やっぱ、夏サイコーっすw
気を取り直し、我々はサイロを越え、
社長宅を目指しひたすら上を目指したのだが
石がゴロゴロと転がる
戦隊物の爆破シーンのような場所で断念を決意する。
夏の廃墟は体力を予想以上に消耗するのだ。

その帰り道、俺はルートを変え
もうひとつの再会を祈り、サイロの下に降りた。
サイロは草で覆われ、足元ではカエルがゲロゲロと鳴いていた。
その先に進み、浄化槽のようなものがあった部屋に向かった。
冬に鹿の遺体があったその場所で、
すっかり白骨化した遺体が転がっているのかも知れない。
そう思って歩を進めた。
しかし、俺たちが再会をすることはなかった。
その部屋は、あの時のように閑散とした場所ではなくなり
森の一部となったかのように、
崩壊した壁から漏れる緑の光のもとで、
浄化槽は池となり、オタマジャクシを育んでいた。
たった半年で姿を変える廃墟の顔。
それはまさにUG4のようでもあった。
同じ半年の間に、旧き道を去り、
皆それぞれの道を見つけ、その姿を変えた。
新しいものが良いとは限らない。
古きものが悪いとは限らない。
ただ、新しいモノも古いモノも美しくなければ
醜悪そのものである。
古き美しい道を、新しい美しい道を模索するため
意志をもって我々は変わり続けなければならない。
これが廃墟から学んだ哲学である。
また、廃墟へ行こう。UG4。
これからも、俺たちの夏は終わらない。
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